選挙に確実に勝つ方法は存在する。

「編集長就任、おめでとうございます」
 目の前の青年から掛けられた言葉に、私は鷹揚に頷いて見せた。
「気の早いことを。まだ正式決定したわけではないでしょうに」
「十中八九は間違いないですよ」
「……九割? せめて九割九分はないと、私は喜ぶ気になれませんね」
「それは失礼しました」
 変わり身の早さは、この世界で生きていくために必要な能力だ。だから、つい先日まで先代編集長の忠臣と目されていた彼がこの場にいても、私は全然驚かなかった。何より、私に彼を非難できる筋合いは無い。なぜなら、彼以上に先代の懐刀と呼ばれていたのは――他ならぬ私だったのだから。
「それにしても……お疲れ様でした」
「僕がっすか? 僕は何もしてないっすよ?」
 彼は両手をパタパタと目の前で振った。
「……そうですね。何もしていませんね」
「はい、何も」
「何も」
 対立候補がいませんね。私はまるで他人事のように呟いた。彼はただ、そうっすね、と答えた。

 選挙に確実に勝つ方法は、極めてシンプルだ。対立候補がいなければ無投票で当選となる。少なくとも「ここ」の選挙ではそうだった。対立する意欲を無くさせるか、対立する意味を無くさせるか、対立しないメリットを提示するか、対立するリスクを見せ付けるか。要は、相手に立候補する理由を無くさせれば良いだけだ。
「久々の禅譲に、他の会員も胸を撫で下ろしているようです」
 彼の言葉に、私は思わず失笑を漏らしてしまった。どこで誰が見ているかもわからないというのに、我ながら不用意極まりない。それでも、笑みが零れるのを止められなかった。
禅譲、ですか。……まったく、まさにその通りですね」
 そこに込められている会員たちの揶揄を感じつつ、私は自嘲の笑いを浮かべ続けていた。