呆けた脳味噌で満員電車に乗る。カバンのポケットから文庫本を取り出す気力もない。ぼんやりとドアにもたれかかりながら目をつむると、周囲の雑然とした話し声が耳に流れ込んできた。
 辻占という風習がある。町の入り口に立ち、ある決まった歩数歩いてから始めて耳に入った言葉を、託宣として吉凶を占う風習である。「誰でもない人の言葉」を手に入れる方法としては、巫女の口寄せや、亀の甲羅割りよりも合理的だろう。文脈や意味から切り離された言葉を得る方法としては、なかなか冴えたやり方だといえる。
 さて、電車の中で耳に入った言葉である。
「おうごんのはなみず」
 黄金の鼻水? それ以外に解釈の余地があるだろうか? そもそも、どんな文脈でこんな言葉が出てくるのか。つーか、どんな託宣ですか、これは?
 合理的な解釈、求む。