(遡及的)…………

 寮内で響いた絶叫で目を覚ました。
 女の悲鳴が聞こえた気がした。
 時計を見れば午前三時。草木も眠る丑三つ時である。
 ふと、カーテンの間から、真っ紅な影がいくつも疾走しているのが見えた……ような気がした。
 ……恐る恐る、ドアを開けて廊下を伺うが、人影はなかった。
 非常に疲れていたから、夢でも見たのだろうと自分を納得させる。


 次に目が覚めたのは、空が白み始めたころだった。
 時計の針は5時を指している。
 今度聞こえたのは、悲鳴ではなかった。
 オオオオォォォオオォォ……
 地の底から響くような、低い唸り声。それも一つや二つではない。
 声は男のもののようでもあり、女のもののようでもあった。


 窓の外を、また赤い影がよぎった。
 今度は見間違えではない。
 大きさの違ういくつもの赤い影が、宿舎の窓の外を動き回っていた。
 唸り声は次第に大きくなり、やがて、一つの単語を紡ぎだした。
 「テーハンミンゴッ!」
 と。
 そして、おもむろに韓国の国家を歌いだす。
 どうやら、韓国戦が終わった後で、屋外で気勢を上げているらしい。
 もう、体力の限界で怒る気力もありませんでした。
 以下、エンドレスでシュプレヒコールと国家とW杯の歌を歌い続けること30分以上。どこから持ち込んだのかバイクのクラクションまで鳴らし、酒を飲みながら、大騒ぎを続けた。もう日が昇るかという頃、誰かが怒鳴り込んで(さらに大騒ぎになった後で)ようやくおとなしくなった。
 ……韓国人がみんな彼らみたいな頭の悪い人間ばかりじゃないってのも知ってるし、日本人でもマナーが最悪な奴はいくらでもいるのも分かってる。だから、ナショナリズムとは関係ないことをあらかじめ断った上で、それでも敢えて言いたい。
 さすがに彼らは行儀が悪すぎ。自国の応援だったら何時に騒いでも許されると勘違いするなバカ、と。気を使って寮の外に行ったのだとしても、寮の目の前でやったら一緒だろうに。想像力が欠如しているとしか思えない。
 寮にはイングランド人も日本人もそれ以外の国の人もいるが、午前3時から5時まで寮で騒ぎ続けたのは彼らだけだ。本当に、これ以上こんな騒ぎが続くのは勘弁して欲しいので、一試合でも韓国戦が減るよう、思わずスイスを応援したくもなろうというものだ。


 追伸:翌日は上海でも30℃を余裕で越える熱暑。疲労+寝不足でまさに地獄そのものでした。ホント死ぬかと思ったよ!