手塚治虫展〜未来へのメッセージ〜(江戸東京博物館)

 時間が空いたので、両国まで足を伸ばして見に行く。
 内容は、手塚治虫の遺品や生原稿、手塚アニメのセル画などをもとに、手塚の人生と、そのメッセージを見せるもの。アトム・BJ・火の鳥の三作を個別に取り上げ、その解説や背景説明も(簡単に)行われている。生原稿に意味を見出す人はそれほど多くないだろうし、漫画やアニメは現在でも手に入るものばかりなので、そういった意味でのレアリティはあまりない。
 漫画・アニメを問わず時系列的に見ていくと、1969〜1972年あたりのドン底状態の手塚先生はやっぱり少しヤバかったんじゃないかと思う。具体的には「アニメラマ」の名の下にエロアニメを作ったあたりから、「IL」「人間昆虫記」「奇子」「きりひと賛歌」を描き、「ふしぎなメルモ」のアニメを作る頃まで。「大人向け=性と暴力」という、テンプレート的な思考から、どうやって「ブラックジャック」と「ブッダ」へ舵を切りなおせたのか、というのは、作家・手塚治虫を考える上で重要なんじゃないかと感じた(表面的には、アニメと漫画の両立をやめたのがよかったんだろうけど、それだけじゃないだろうなあ)。
 展示物の中では、手塚が持っていたとされる『スター名鑑』が面白い。手塚漫画の特徴とされる「スターシステム」のプロトタイプとなる資料で、各キャラクターの所属スタジオ、ギャラ、役歴などがイラスト付きでまとめられている、裏設定資料である。どっかの出版社が写真版でそのまま復刻してくれないだろうか。
 会場内で読んだこの展覧会の図録が面白い。萩尾望都夢枕獏が寄稿しているのもさりながら、宮崎駿のロングインタビューが圧巻である。手塚の作家性に言及し、死者に鞭打つがごとく、全力でフルボッコである。「もうやめて! 手塚先生のライフはとっくにゼロよ!(文字通りの意味で)」。
 でも、インタビューの間に垣間見える、「『新宝島』をリアルタイムで読んだ人間にしか分からないものがある」「僕は最初、マンガ家になりたかった」という発言からは、世界最高のアニメーション監督といわれる宮崎駿にとって、いまだに手塚は壁として存在してるんだな、と言うことが分かる。特に、漫画版ナウシカを書いていたマンガ家・宮崎駿を、過去形で語っている口調は、これまでの経緯を知っていると思わずホロリとくる。「ああ、宮崎駿は世界最高のアニメ監督になった今でも、心からマンガ家になりたくて、なのに、もう自分はマンガ家にはなれないと気付いてしまっているんだなあ」と。
 でも、宮崎駿ツンデレっぷりにカタログ代2300円は出すのも高いと思うので、是非会場で確認されたし。21日まで、両国の江戸東京博物館にて。