上橋菜穂子『獣の奏者』(1、2)(講談社文庫)(ISBN:4062764466,ISBN:4062764474)

 積読消化。
 読もうと思いつつ、重厚そうなイメージに二の足を踏んでいたが、実際に読んでみると一番重いのは序章だということに気付いた。
 子供の成長の話の皮をかぶった、コミュニケーションの話なのだと思う。繰り返される「王獣は決して人に慣れない」という事実と、それにもかかわらず王獣とコミュニケーションを取ろうとするエリンと、コミュニケーションを取ること自体に恐れを抱く周囲の人間思惑が拮抗して、話が進んでいく。
 結局、「役に立つ」とか「正しい」とか、そう言った思惑を抜きにしても、人は人ならぬものと意志を通わせたいと思うのだ、というのが、この物語の結末が訴えているところなのではないか。人は、神話の獣でも、ロボットでも、フタバスズキリュウのピー助でも(この小説を読んで真っ先にイメージしたのがこれだった)、人以外のものとコミュニケーションを取りたいと願い続けているのではないか。孤独感や寂しさは人間以外の生き物でも感じることがあるというが、ヒトという種自体が、もっとメタなレベルで孤独を感じ、理解しあえる他の種を求める本能があるのではないか。世界中に「動物と心を通わせる子供」の逸話が残されているのは、そのような欲求が文化的な産物ではなく、より根源的な本能に根ざしているとしか思えないのである。
 みたいな事を考えながら読んだ。全然本の紹介になっていない上に感想ですらないが、しかたないさ、日記だもの。