スティーヴン・キング『悪霊の島』(上・下)(文芸春秋社)

 読了。こんなクソ面白い小説を、某投票のために慌てて読まざるを得なかったことがクソ悔やまれる。
 幻想的でも、感動的でも、壮大でもない、ただのホラー。だがそれがいい。フロリダの小島にある別荘地を舞台に、おっさんたちがその土地に眠っていた古い悪霊と対峙して退治する話。
 だが、キングのホラーの真骨頂は、読者には後で悲惨なことになるのが予見できているのに、作中の人々が幸せな日常を積み上げていく前半部にあるように思える。主人公に宿った特殊能力が、本人や周囲の人を幸せにすればするほど、読んでいる自分の中にはいや〜な予感が積み重なっていく。昔、CLANNADで味わったイヤな感覚と酷似している。
 そして急転直下の絶望感。分かっていても、語り口やガジェットが恐すぎる。
 悪霊が本性を現してからは、むしろ恐さはほとんど感じなくなる。ホラー映画でも怪物が姿を見せるまでが一番恐いわけで、正体が見えてしまえば、むしろ後はどうやって敵を倒すか、という高揚感のほうが恐怖に勝ってしまう。この辺り、『イット』の頃からキングは全然かわってない。
 でも、この小説をミステリとして成立させているのは、この「悪霊にも弱点があって、ただの人間でも勇気と機転で打ち勝つことが出来る」というルールだ。これがなければタダの理不尽な話で、そんなのは他の奴が書けばいい。人間の理性が不条理を乗り越える姿を示さざるを得ないところがキングのキングたる所以なのだろうなあ、というのがよくわかるエンディングでした。