episode

充足されざるもの

そう、これが足りなかったのだと気づいた。 世の中が便利になったおかげで、金さえ出せば大抵のものはこっちでも手に入る。上海の日本(オタク)製品が高い高いと文句を言っているが、それも中国の物価と比べてのこと。日本の相場を基準に考えれば、理不尽と…

おっしゃるとおり、僕は、昔から老いていたかもしれない。老いというのは相対的なもので、後輩の君から見れば常に僕は「老いて」いる。だけど、僕が(そして多分君が)言いたいのは生きてきた時間の話じゃない。知識を獲得し、知識を運用し、知識を供給する…

禅譲

私は椅子に深く腰掛けると、目の前の青年に言った。 「禅譲、皆はそう言っているのですか?」 禅譲。天子が徳のある臣下に天下を譲ること。転じて、平和的な権力交代を喩えて言う。 しかし、敢えて言おう。そのようなものは欺瞞であると。史上はじめての禅譲…

おことわり

この物語はフィクションであり、実在の団体、個人、場所などとは一切関係ありません。

選挙に確実に勝つ方法は存在する。「編集長就任、おめでとうございます」 目の前の青年から掛けられた言葉に、私は鷹揚に頷いて見せた。 「気の早いことを。まだ正式決定したわけではないでしょうに」 「十中八九は間違いないですよ」 「……九割? せめて九割…

「昔の話をしよう」 昔話は老人の特権。喉まで出掛かった言葉を彼は飲み込んだ。目の前に座っている男は、老人は老人でも特権を持った老人であり、迂闊な言動は即座に粛清の口実となることを彼は経験的に知っていたからだ。 「聞きたいかい?」 人懐っこい笑…